更新日 2022年10月2日
執筆 遠藤徹
更新日 2022年10月2日
執筆 遠藤徹
3.戦前の到達点
明治時代に始まった日本の音楽学は、昭和の戦前期までは日本音楽と東洋史の影響下に形作られた東洋音楽の研究が先行し、西洋音楽は紹介や啓蒙にほぼとどまっていました。しかし、西洋音楽が徐々に日本の社会に広まっていくなかで、大正時代の頃からリーマン(1849-1919)著『音楽学提要』などの西洋の近代音楽学も紹介されるようになります。こうした中で「音楽学」の語も使用されるようになり、昭和11年(1936)には対象が東洋音楽に限られますが、日本で最初の音楽学の学会として東洋音楽学会が設立されます。昭和戦前期までの日本音楽、東洋音楽の研究の到達点は、東洋音楽学会の初代会長である田辺尚雄(1883-1984)の還暦記念論文集として昭和18年(1943)に出版された『東亜音楽論叢』(山一書房)に垣間みることができます。同書に収載された論文は以下のとおりです。
・筑前国官幣小社志賀神社の舞楽についてーその民俗学的研究(葦津正之)
・声律の算法について(石井文雄)
・阿知女作法の精神と鎮魂の楽舞(出雲路敬和)
・弥栄ゆべき我歌謡(今井通郎)
・大東亜芸能の類似性(印南高一) ・Zur Frage der Ei und Saezuri(Hans Eckardt)
・音楽取調掛の伶人達-明治音楽史稿(遠藤宏)
・十九平均律の実用と邦楽への応用(長内忠雄)
・マイヨン四綱楽器分類法の源流として観たる印度の楽器分類法(太田太郎)
・邦楽名歌手の唱法及び音律に就いて(小幡重一)
・歌舞伎の音楽的演出(河竹繁俊)
・三味線のサハリに就いて(吉川英士)
・楽学軌範の開版に就いて(岸辺成雄)
・邦楽の旋律と歌詞のアクセント(金田一春彦)
・高砂族の口琴(黒沢隆朝)
・音楽以前(小寺融吉)
・雅楽の管絃組織-平調について(鈴木正蔵)
・現存朝鮮楽譜(宋錫夏)
・支那舞楽の意義について(滝遼一)
・東北地方民間に行はれる横笛の例(武田忠一郎)
・上代音楽楽器天の磐笛に就いて(館山甲午)
・支那古典に見える音楽観(張源祥)
・両晋時代楽論考(西邨清助)
・伎楽考(羽塚啓明) ・明楽八調について(林謙三)
・「保育唱歌」覚え書-附・国歌「君が代」小論考(平出久雄)
・三絃の免許状(藤田徳太郎) ・箏曲楽の展開に見る国民的特性(藤田斗南)
・日本民謡の旋法並旋律型を論ずー日本民謡形態論の中「曲型編」(町田嘉章)
・八重山古民謡歌詞の研究(宮良当壮)
・邦楽と琉球音楽との楽理的関係(山内伶晃)
・梁琴新譜の四調子について(李恵求)・冷泉流の披講小考(冷泉為臣)・大原に於ける羽の論争(吉田恒三)
これによると、多岐にわたる音楽学のテーマをすでに30名を超える研究者が追求していたことが知られます。しかしこの時期にはまだ大学に音楽学の講座は存在しておらず、これらの研究者の出自は様々でした。